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2008年3月 9日 (日)

塾は遊ぶ約束の場?

Asobi20080309  今朝は朝9時から塾の実力テストで、「休日の朝っぱらから可哀想に…」と思っていたら、帰ってくるなり子どもがゾロゾロと遊びに来た。塾で遊びの約束をしてくるのが最近のトレンドか?
 昨晩のNHKで「大丈夫ですか?日本人の学力」という特集をやっていたのをチラリと見たが、問題が多すぎる上、各人により考え方や重視することが違うので、あまり生産的な議論にならない気がして早々にTVを
消す。どんな制度の下でも、勉強する人はするし、しない人はしないけれど、何かしらの能力を勝手に伸ばしていくのだとは思う。それでも、制度や環境として自然と与えられるものの影響は計り知れず、義務教育としての最低限の設定というのは重要だと思う。私が、塾の学習内容を見るに、私が子どもの頃に比べたら明らかに充実している。それらをすべて子ども達が吸収しているかというと、首をかしげざるをえないけれど、学校外の教育環境は良くなっているという印象だ。また、しつけや言葉使いや基礎学力の推移は落ち込んでいる気はするものの、新しいものへの適応力には目覚しいものがあるとも感じる。“学力”というとき、それはあくまでテストの点数で測られるものだという、ごくごく一面的な評価であることは肝に銘じるべきだろう。
 私が心配するのはむしろ、全人的なバランス度の方だ。オトナ自体も専門化の世界にどっぷりつかって、以前なら尊敬と羨望の対象だった東大のような所ですら、とても全人的に優れた人が集まっているという印象を抱きづらくなっている。子どもたちも、あらゆる科目ですべからく“いい点”を取っていくより、“一芸に秀でる”方が世間からも周囲からも注目され評価されることを知っている。オトナの価値観も、“勉強ができる”ことと同等かそれ以上に、“人との協調性”とか“人心を掴む芸”の方を評価する傾向にある。こうした風潮の中で、地道で地味な基礎学習に身を入れろ!と言っても、なかなか難しいのかもしれない。子どもたちにとっての誘惑が多すぎて、学問だけに集中していられないのは確かなのだ。楽しさをらくらくと演出する誘惑たちに負けないくらい、学問も楽しいものだということを、説得力をもって解説できる教員の資質は、ますます必要になってくる。大変だなぁ、学校の先生は。。。

「試験当日まで、残り41日」

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