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2008年6月 4日 (水)

義務教育、考現学

 先日、新潟のある特定地域の小学生が複数不登校になり、新潟市教育委員会が初めて「出席督促書」を親宛に送付した、というニュースがあった。ネット上では、宗教か?公教育ボイコットか?とか、いろいろ憶測が飛び交っているようだが、私自身にとっても、義務教育について考えるよい機会になった。
 ちょうど同じ頃、ママ友から携帯にメールが届いた。内容はおよそ次のような感じ。
――それにしても、受験の事を調べれば調べるほど、試験問題の異常なまでの難しさに驚かされますね。なのに学校の算数は簡単すぎ。学校だけの算数をしていたら、「算数は得意!」と思えるのに、実質は、得意のはずが気がつけば不得意になってしまいますね。――
 私の、中学受験に対する違和感を、みごとに言い表してくれた文章だった。小学校・中学校は日本においては義務教育。誰もが受けることができ、また受けさせる義務が親にはある。けれど、小学校だけの教科書と授業をパーフェクトに理解しても、おそらく中学受験ではかなりの部分で手こずるのではなかろうか? スポンジのように何でもよく吸収する子どもの脳に、早いうちから様々な教養の種を蒔くことは大賛成なのだけれど、学校の授業をきちんと真面目に受けているだけでは、行けない学校ができてしまう、というその事実が腑に落ちない。
 学歴社会という言葉は過去のものになってはいるが、それでも輪をかけてブランド志向の高まりを感じずにはおれない現代。少なくとも、中学を卒業すれば社会に出て立派な社会人として振舞えるだけの素養を身に付けられるのが、“普通教育”に求められる最低限のレベルなのだろうが、そうやって社会に出ると、無理解や偏見から嫌な思いをする人も多いのだろう。学問の道で生きていく人と、実業の道で生きていく人の間には、教科的に求められる基礎力にどれくらいの違いがあると考えるのが妥当なのだろう??。。。中学受験の問題がゆがんでいるのか、義務教育の学問的レベルがゆがんでいるのか、、、なんだか、“ねじれ国会”みたいだな。
 今朝から、息子は小学校の泊まりがけ合宿に出かけた! 教科としての勉強は、どこでもできるけれど、同年代の子ども同士の集団行動は、やはり小学校で日々積み重ねられる、最大の修練になっているのだろうな。そう考えると、小学校の先生って、修身やら教科やらと守備範囲は本当に広くて、大変だよなぁ。。。

「成績照会公開日まで、あと13日」

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