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2017年5月 8日 (月)

変わるパースペクティヴ

20170507  仕事したり掃除したり、普段と変わらない調子だったGWでしたが、最終日の昨日、近所のケーキ屋さんで30%OFFセールをしていたので、和栗モンブランと苺タルトを衝動買いしました(笑)♪ 皆さまのGWはいかがでしたでしょうか??

 さてさて、話は変わって――。
 自身の妊娠・出産・育休時代、街中を歩くと、やたらと、妊婦や、赤ちゃんを抱くお母さんや、子どもの泣き声に敏感になり、気付くとそういう人やモノに視線と心を奪われていた時期がありました。
 関心の対象が、自分の体験に即して変わりゆく経験は、誰しも持っていると思いますが、近頃の私は、やたらと、杖をついて歩く老人や、老夫婦や、ベンチに佇むお年寄りに、視線と心を奪われるようになりました。親たちの“老い”具合を目の当たりにして、いわゆるパースペクティヴの転換が起こった模様です(笑)。

「あのおじいさんは、どんな日常を送っているんだろう…?」
「あのおばあさんは、一人暮らしなんだろうか…?」
「あの老夫婦は、きちんと食事しているのかな…?」
なんて、どーでもいいことをツラツラと想像してしまいます。

 先日、母から、壮絶な女性の話を聞きました。
 息子夫婦と同居しながら農家をやっていた90歳のおばあさんが、畑仕事の最中に倒れ、どうやら自分の死期を覚悟したらしく、食事も水も一切ボイコットしたまま、そのまま亡くなってしまったという話。家族の人たちは、救急車を呼ばなかったのか?とか、絶食後期に苦しまなかったのか?とか、謎の多い話だし、救急車についてはとてもデリケートな問題でもあるので、深くツッこむことはしませんでしたが、どうやら母は、その女性の幕の下ろし方に痛く共感しているようでした。
 私自身は、鎌田實先生提唱のPPKが理想ですが、それができるのって、一万人に一人くらいじゃないかな?(もっと少ないか?)と想像します。先日読破した『死にゆく定め』という本の中に、“老い”は、退屈と孤独と絶望の三大伝染病を叩くことで、多少はマシになる…というようなニュアンスのことが書かれていましたが、誰も、最期に待ち受けるものを避けることはできないんだよなぁ…と、斜陽感にとらわれます。
 人生は、四季のようなもので、芽吹き成長する春、溌剌と活発に繁茂する夏、熟成し味わい深くなる秋、枯れゆき静かに衰えていく冬――この歳になってようやく、四季折々の特質を鳥瞰できるようになったのかなぁ。。。

 別の日、私の目下の状況をブログで知った友人が、ある動画のリンクを送ってくれました。石飛さんという医師の、老衰に対する姿勢を表明した動画。この友人は以前、島薗先生という「死生学」の権威の論文を翻訳して以来、人の終末期医療にずっと関心を持っているのだとか。身内に端を発して関心を持つ人は多いのでしょうが、ずっと継続的にそのことについて勉強し続ける人は少ないからこそ、しっくり解決できず、同じ悩みを抱える人が延々絶えないのかもしれません。にわか勉強の私ですが、終末期医療に注ぎ込まれる時間とお金が、本当に本人のためになっているものなのかを、きちんと検証しないとダメなんじゃないかな~?…と感じています。

【大量参入…】 介護施設をいろいろ調べると、学研とかベネッセとか、かつては子どもの教育に注力していた会社が、軒並み介護事業に乗り出していて驚きました。ソニーやらパナソニックやらも、こちらへのシフトをさらに模索しているようですね。まぁ、団塊の世代が余生の全財産を賭けて検討すべき課題ですから、参入が増えないと追っつかないのかもしれません。。。
 老齢人口が頭打ちになると予測される2040年、私は75歳――、その頃には、介護サービスもずいぶん使い勝手が良くなっているんでしょうか、、、? できるだけ、若い人たちの手を煩わせたくないなぁ…。死ぬまで生産的でいたいけれど、一寸先は闇。。。

 

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