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2019年7月29日 (月)

データポータビリティ時代のパーソナルデータ利活用

 先日、情報ネットワーク法学会の特別シンポジウムを聴講。学会員有志の方々が、新たに「ビジネス法務研究会」というのを立ち上げられたのだとか。お世話になっている方々にご挨拶半分、勉強半分。結果、超異分野学会かのような、産官学入り交じった充実の議論を聴かせていただき、とても勉強になりました。
 今をときめく「データポータビリティ」ですが、個人的にはどうも、現実生活や実務で、「データポータビリティ」を確保するのは、相当大変なことではないかと思っており、それが杞憂に過ぎないのか?…という気持ちを携えての参加でした。
 例えば、Niftyさんにお世話になっているこのブログ。これをアメーバに移行したい場合、担当者を捕まえ、意向を伝え、データをもらい、フォーマットを調整し、新規契約して、新たなフォーマットで格納してもらうーー。これって、「データポータビリティ」の一類型ですよね? 大規模な保有データが、中小のプレイヤーへ移行される場合、データの保管場所の確保すら不可能な場合も多いのでは…? 本来は個人情報をメインにしている話なのかもしれませんが、こういうポータビリティへの対応すら難儀に見えるのに、センシティブな個人情報のポータビリティをどう確保するのか…?
 こうした問題意識について、端的にその難しさを「期待と幻想」と評してコメントしてくださったパネラーもいらっしゃいました。面白いな、と思ったのは、「データポータビリティ」とは結局、“データは誰のものかを議論し、誰にオーナーシップを認めると社会が豊かになるか”のコンセンサスを取る事――とのコメント。著作物等の創作物に知的財産としての権利を認める時代から、事実としてのデータにも財産的価値を認める時代へとシフトしているわけです。(著作権の捉え方も、例えば職務著作制度の有無というような観点から、世界各国の捉え方・イデオロギーの違いがあるため、個人情報の捉え方にも、そのような考え方の違いが出て来そうです)
 このような中、真っ先に特別法制定で対応が進みそうなのが、金融データと医療データ。全国130銀行からのデータポータビリティを確保するのも、それはそれは大変な作業だと思われますが、データ形式の単純さという点では、真っ先に実務対応が期待される金融分野。一方の医療データは、電子カルテのフォーマットはSS-MIXHL7かとか、医療保険を使って取得される健診データは個人データではないとの厚労省の見解とか、本人にすらセンシティブ過ぎて使いこなせないであろう遺伝情報とか、匿名化の厳密性とか、必要ではあっても実務として動かすにはなかなかハードルが高そうです。(cf. アメリカのHIPPA法、HITECH法、HIPPA Privacy Rule)

 毎度SF的に考えを飛躍させてしまう悪い癖を「データポータビリティ」の議論にも適用するなら、デジタルアーカイブにどれほどのデータセンターのリソースやエネルギーを要するかを考え、「ポータビリティ」の確保を目指すのではなく、「集中的アーカイブとアクセスコントロール」の確保を議論していくべきでは…、と思うのでした。これは目下の潮流としてのGAFAの規制にも関わりますが、データはどこかに寡占させた方が使い勝手よく集められるのだから、競争政策としては寡占を分割するのではなく、アクセスをオープンにさせる方向で考えるべきなのでは、とも思ってしまいます(汗)。そして毎度のごとく、「堅実な議論の積み重ねをすっ飛ばして考えてしまう性格は、研究者には向かないなぁ」と自己嫌悪に陥るのでした(泣)。

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