2019年6月 3日 (月)

『東大教授が考えるあたらしい教養』

20190601 20190602_2  仕事関連で、表題の書籍を読みました。また、職場の人がたまたま貸してくれた『AI社会の歩き方』という本をパラパラと拝見しました。なんとも奇遇なことに、両者とも、「異分野の人が、建設的な話し合いをし、社会貢献に結びつけるには、どうしたらいいか」を検討している本でした。
 「学際的な検討が必要」――というのは、昨今の課題解決の過程で、決まり文句のように謳われることですが、これが日本ではいかに難しいことか、近頃つくづく痛感しています。北欧などでは、この点がうまく教育されているゆえか、いろいろ見習うべき点が多いのではなかろうか…とも感じます。
 本書では主に、“真の教養とは?”という問いかけのもと、「異なる専門領域間にブリッジをかけられること」を中心にいろいろな例を挙げて解説してくれています。例えば、借地借家法をめぐる経済学者と法学者の捉え方・価値の置き方の違いなど(借家人の保護の観点と、貸家人の財産利用の観点)。この手の議論では、「事実認識」と「価値判断」を分けて考えることが重要、との指摘があり、もっともなことだと感じました。

 ただ、「異分野の人同士の議論」という点に関し、本書のような専門領域を異にする学者同士以上に、もっと下世話で深刻な問題が、今の日本にはものすごくはびこっているのを、個人的に強く感じます。主に、以下の2つのことが気になっています。
・異分野の人、階層の違う人を、リスペクトできない(関わりたくないと思う)人が多い
・いわゆるリーダー層が、日常的な下世話な仕事の実態を知らない
 要するに、議論の対象がまだまだ「他人ごと」の状況で行われているんじゃないか、ということ。少子化問題を議論するなら、まず男性が家事をして育休をとってみる、とか、介護問題を検討するなら、まず1日くらい、実際に介護してみる、とか、プラスチックごみ問題を検討するなら、まずその処理過程を全部洗いだす、とか、海賊版対策のブロッキングを検討するなら、1つのサイトをブロッキングする実作業を現場で見せてもらう、とか…、ものすごく手間がかかるし、見る方も見られる方も面倒くさい作業なことは間違いないことですが、それなくして、議論なんてできないんじゃないか…というのが率直な感想。
 また、世の中、“丸投げ”というのが実に多くて、産廃は中国や東南アジアに丸投げ、とか、面倒な仕事は下請けに丸投げ、とか、余裕のある人達は丸投げできるからこそ、その実態を知りえないにもかかわらず、世の政策等を検討する人達は、たいてい丸投げする側であることも問題かと――。
 こう書くと、ひどく歪んだひがみ根性丸出しの見方のようで、実際にはそこまで酷いわけじゃない…とも思いますが、1人の人間には24時間しか1日の時間がなく、なんでもかんでも実際に体験してみるなんて不可能だからこそ、異分野の人や階層の違う人をリスペクトして、意見交換する必要があるんじゃないかと思うわけです。
 「学際的な検討」――言うは易し、行うは難し。トライ&エラーで、とにかくチャレンジしていくしかないですねぇ。似たような主張の本が時を同じくして出版されるということは、それだけ時代が、異分野間の協働を必要としているということなのでしょうから…。

【スマホやPCに著作権料?!】 またこんな報道が…(汗)。徴収した著作権料の分配の仕方を説明してくださーい!

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2019年4月23日 (火)

『データ・ドリブン・エコノミー』

20190415  先日、『データ・ドリブン・エコノミー』という本を読了。以下、印象的だった部分をメモメモ。
・p.35:人間が必要とする情報量は、いつの時代にも無限大だったのではないだろうか
・p.37:Googlezon
・p.59:アナログプロセスへの気づきが価値創出の第一歩
・p.90:航空機の機種でなく、航空会社で選ぶように、車の車種でなく、自動車手配の会社で選ぶように…
・p.93:何かを使う期間・時間で料金を得るサブスクリプション方式へ…
・p.105:GANDALF
・p.158:医療は「リアクティブ型」から「プロアクティブ型」へ。今は予防に本腰を入れても医師が儲からないので、予防に対する動機付けになっていない
・P.171:個人情報保護法制2000個問題
・P.208:「IoTデザインガール」と高専生
・P.216:GoogleやamazonのM&Aは、戦略というより、「なにか面白い」というだけで投資判断をしているのでは…
・P.220:「知の深化」と「知の探索」の両面を、バランスよく行っていかなければ
・P.220:データ・ドリブン・エコノミーの時代には、新しいことにチャレンジしていかなければ
・P.226:「モバイル牛温恵」(ドコモ、リモート、JA:異業種との連携が重要)
・P.231:「技術で勝ってビジネスで負ける」(インベンションのハードルを越えられても、イノベーションのハードルを越えられない)
・P.233:技術者はもっと意図的にイノベーションに取り組んでいかなければ
・P.236:東工大とMITは同規模大学だが、東工大が教員1人に対してスタッフ0.6人なのに対し、MITは教員1人に対してスタッフは10人。日本の企業が技術にしかお金をかけないのと類似しており、技術を社会に展開するためのスタッフにお金をかけていない
・P.239:「ストーリー」が大事。アメリカのある量子コンピュータ研究者の言――「量子コンピュータができたら、気象予測のシミュレーションが高速にできる。そして、気象予測が高速にできたら、農業が抜本的に変わる。農業のリスクヘッジができるようになり、収穫が劇的に変わる」
・P.245:デザイン思考における「OODA(ウーダ)ループ」:Observation,Orientation,Decision,Action
・P.261:学習を重ねるうちに、クラウドとエッジ処理の間で機能分担が進んでいく
・P.265:5Gには、これまでの「高速・大容量化」に加え、「超低遅延化・高信頼化・多数同時接続」の特性が要件となる
・P.268:1860年代のイギリス「赤旗法」を反面教師に、新技術と付き合う(←この話は、先日聞いた量子コンピュータの技術者の方も言ってたな…)
・P.271:人間同士のトラブルでなく、機械を交えたトラブルの制度設計(右に曲がったら高齢者をひいてしまう、左に曲がったら子どもをひいてしまう、真っすぐ進んだら若者をひいてしまう、止まったら後続車に追突されてしまう…このとき、自動運転車はどれを選択すべきか)
・P.276:したり顔で話す偉い人の話は、話半分で聞いておけばいい。(かように未来予測は難しい)だからすべての常識に疑問を持つ
・P.279:結局のところ、いまのAIはパターン認識をしているだけで、本当の意味での知能ではない
・P.280:IoTでデータを集め、AIで分析するが、これらはあくまでツールであり、大事なのはデータ

 データ・ドリブン・エコノミーの推進には、地味で泥臭いデータ集めが不可欠。さらに、ダイバーシティとは違う「インクルージョン」といった、様々な種類の人たちの寄り集まりを手助けできるカタリスト(触媒)が必要――というのが、著者の締めくくりの言葉でした。少子高齢化で人手不足が続く日本、地方が疲弊してやせ細っている日本、ここ10年くらいの施策が、将来を左右するような気さえしますが、どうなんだろう…。
 個人的に印象深かったのは、「人間が必要とする情報量は、いつの時代にも無限大だったのではないだろうか 」という初っ端の問い掛け。人間の脳もAIみたいなもので、データがあって記憶ができるなら、容量いっぱいいっぱいのデータを参照したいのはヤマヤマ。自分の未来を左右する決断をするのに、不必要なデータなんてないわけだけれど、限られたリソースを配分して、仕方なく決断を重ねているに過ぎないと考えると、生物って大胆だな、と思います(笑)。まぁ私の場合、緻密な計算と分析に基づいて動くよりは、直感で脊髄反射的に動くことの方が多いわけですが、チコちゃん的に反省するなら「OODA(ウーダ)ループ をウダウダ回してんじゃね~よ!」って感じでしょうか(苦笑)。
 1点だけ、本書記載のさまざまな事例は、すべて電力(エネルギー)が必要なわけですが、IoT時代のエネルギー供給についても、次作でご紹介いただけたらな~、と思いました。
 データが大事であること、肝に銘じます。

イーロン・マスク氏のTwitterアイコン】 が、ここ数日、第1期ハガレンのエドになっているとの噂。いきなり親近感が湧きますが、本物なのかしらん?!

 

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2019年2月19日 (火)

『科学を語るとはどういうことか』

20190117  ながらくお預けにしていた『科学を語るとはどういうことか』を、さわりだけ読みました。何かと専門分化する上、SNS等でも同じような価値観の人で固まる傾向が強い世の中、異分野の人と話をすることの大切さを感じました。
 先日来、仕事で、日本中の学者・研究者・大学関係者をあれこれとクローリングしていたのですが、そういう類いの人の、なんと多いことか?! それぞれが自分の興味関心に従って狭く深い考察に没頭されているのでしょうけれど、たまにはそういう穴から抜け出して、全然接点のなかった人とじっくり話をしてみるのも、いいブレストかもしれません。
 私はとりあえず、自分よりもずっと若い人と話をして、気持ちをリフレッシュさせないと(苦笑)!

【平成史 第5回】 先日のNHKスペシャル「平成史 第5回 ノーベル賞会社員」の田中耕一さんの言葉には、勇気づけられました。とかく悲観して見がちな昨今の日本の科学者の境遇ですが、イノベーションのシーズは意外にいろんなところに転がっているのではないか…という考え方。もちろん、基盤的な予算が削減されすぎている現状は元に戻していく必要はあると思うものの、チャレンジして失敗することをプラスに捉えられるメンタリティは大切にしたいなぁ…と感じました。

【ピクサー本!】 翻訳の仕事をしている友人が、『PIXER 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』という本をご紹介くださいました。ジョブス・ファンであり、PIXERファンを自認する者としては、読まないわけにはいきません! しかも、私が昨今注目する“職務著作”と“エンドロール”のヒントになりそうな話もあるようで、先の日曜日に、サクッとamazonで予約注文しました♪ 楽しみ~!

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2019年1月31日 (木)

『2016 ヒロシマ/パールハーバー』

20190125  先日、母から小包。「なんだろ? 誕生日ってわけでもなし…??」と思いながら開封すると、中には小さな詩集が3冊。添えられた手紙に書かれていたところによると、私が中学時代にお世話になった国語の先生(私は習ってはいなかった気がするのですが)で、野球部顧問だった先生が、定年後に作った本だとのこと。母と、読書会で長らくお付き合いがあったようで、そのご縁から入手した模様。
 先の日曜日、それを早速拝読してみました。「先生、広島と何か関係があったのかな?」――そう思いながら読んだのですが、特に個人的な関わりがあったというよりは、先生の生まれたのが、原爆投下の年だったことから、ずっと広島のことを考え続けた人生だったらしく。。。定年まで何十年も、子どもたちの教育に尽力されてきた方だから、命の尊さは常に人生のテーマだったのかもしれません。
 詩は、オバマ大統領の広島訪問と、安部首相のパールハーバー訪問に際し、昂った感情を、形にしたものでした。読み終えて、「本当は、広島にも真珠湾にも縁もゆかりもないような人でも、むしろ全人類が、もっと真正面から考えないといけないことなんだよな…」と、感じました。
 「終末時計」があと2分、とされた先日のニュース――現実の地上のみならず、ネットの中や、宇宙でまで、不穏な動きが目に付く昨今、当たり前のモラルについて、考えさせられます。

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2018年9月17日 (月)

『宇宙に命はあるのか』

20180912_5  しばらくツンドク状態だった一冊『宇宙に命はあるのか ――人類が旅した一千億分の八』を、先週読了。NASAのジェット推進研究所で、火星探査ロボットの開発に関わっておられる小野雅裕氏が著者。
 宇宙探査の歴史を概観させてくれ、「想像力」のチカラを思い起こさせてくれます。また、開発の陰の立役者たちを紹介するとともに、宇宙の広大さを感じさせてくれます。最後の一章は、ひたすら人類と宇宙の命の未来に、あらん限りのイマジネーションを働かせて、地上の現状に警鐘を鳴らしています。
 私の世代は、インターネットという発明の時代に立ち会えたと同時に、華々しい宇宙探査の時代にも立ち会っているんだなぁ…と、つくづく感じます。
 1967年に104か国が調印・批准した宇宙条約の第9条には、次のような条文があるとのこと(P.196)。
――月その他の天体を含む宇宙空間の有害な汚染、及び地球外物質の導入から生ずる地球環境の悪化を避けるように月その他の天体を含む宇宙空間の研究及び探査を実施、かつ、必要な場合には、このための適当な措置を執るものとする。――
 “探査する”ということは、その対象世界と“相互作用する”ということだから、上記のような感化をゼロにすることは不可能だとは思いますが、“先走りは禁物”という著者の主張に頷かざるをえませんでした。あまりに壮大な話が続き、SFとの境界が分からなくなりそうでしたが、現に民間の宇宙開発は着実に進んでいるんですよね。。。
 ボイジャーに搭載されたゴールド・レコードに、ジョン・レノンのImagineがなかったのは残念でしたが(Beatlesの曲は著作権者の許可が下りなかったのだとか?!)、いつの日か、宇宙のどこかで、あのレコードを聴く命が現われるのを夢みてしまいます。素敵な一冊をありがとうございました!

20180915_2 20180915  さてさて、以後来年2月ごろまでは、ひたすら論文読みに専念するぞぉ~、、、と思いきや、この三連休は、夫が学会で不在なのをいいことに、『情報法入門』なんて本に手を伸ばしてしまいました…。スコーンと紅茶をお供に…♪

 【樹木希林さん】 一昨日ご逝去。ご冥福をお祈りします。。。

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2018年9月 8日 (土)

『マチネの終わりに』

20180831_5  夏の終わりに、精神の浄化になるような文章に触れておきたくて、平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』を読みました。ここ数か月、実用本や学術書ばかり読んで、感情を揺さぶるような活字に触れていなかったことを痛感しました。

(以下、本作の読書を楽しみにしている方は読まないことをお勧めします)

 全編がひとつのオペラの曲のように、緩急をつけながら終局に向かうような印象でした。アダージョな出逢いと会話で始まり、アレグロで親密さを増し、グラーヴェな陰鬱と思索と偽り、アンダンテな快復と日常、レントな復活…そして再びのアレグロ…独断と偏見の解釈ですが、すべてが「マチネの終わり」の一曲のためにあるような物語でした。
 印象的な言葉やセリフの数々が胸に迫り、“恋と愛の変容”を滋味深く考えさせてくれますが、私が気に入ったのは、ベートーベンの日記にあったという「夕べにすべてを見とどけること」という謎めいた一文と、“未来は常に過去を変えてる”という言葉。
 率直な感想としては、「運命の人に出逢ってしまうと、美しくも大変…」という思いと、ラストシーンには「えっ?! 逢っちゃうの?!」という脊髄反射(苦笑)。それでも、終盤の思い出の曲の演奏シーンは、溢れて来る涙で活字が滲みました…。
 人生はままならず、誤解やすれ違いに溢れているかもしれないけれど、真摯な思いはきっと、時空を超えて伝播するんじゃなかろうか…と思えた読書でした。――「幸福の硬貨」を聴きながら…
(タイアップCD,買っちゃおうかな…

【大坂なおみさん!】 全米オープン決勝進出、おめでとうございます!! なおみ語録でも、精神がとっても浄化されます~。→なんとその後、セリーナ・ウイリアムズを抑えて優勝!! おめでとうございます!! 「ガラスの仮面」が好きで、“紫”という日本語が好きだという逸話も微笑ましかったです(笑)。

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2018年7月 7日 (土)

『ビジネスツールとしての知的財産』

20180701_2  複数の方からの推薦を受けて、先日、『ビジネスツールとしての知的財産』を拝読。
 これまでも、一般向けの知財本は数々読みましたが、本書は一味も二味も違う独特なものでした。
 ・全編マンガであること(一部に解説テキストページはあります)
 ・スタートアップのITベンチャー視点で書かれていること
 ・弁理士や知財検定の知識は、あくまでビジョン実現に向けた推進剤として捉えられていること
 ・少年マンガ的な熱さがあること
 ・実在の人物がストーリーの中に登場すること
 ・著者の人生哲学が随所に織り込まれていること
 諸々の独自な試みに驚きつつ、最も感銘を受けたのは、研究者である著者自らが、(あらかじめ美術の素養があるとはいえ)初めてまるまる一冊のマンガを描いていること! 執筆開始から1年くらいかかった旨の記載が「あとがき」にありましたが、構想段階から考えると、相当なご苦労があったのでは、、、と拝察しました。
 出版元の“UPLOAD”という所を存じ上げなかったので調べてみたら、知財検定の支援等も行っている、知財領域専門のコンサルティング会社でした!(この点でも独特!) 今や、昔ながらの出版社でなくても、いくらでも本が刊行できる時代。なかなかメジャーな需要者層が見込めない領域でも、意欲的な試みが可能なことを垣間見せていただきました。
 1点だけ、AIでの囲碁対局三番勝負の合間に、特許出願を超スピードで行い、それによって敵チームの斬新なアルゴリズム採用を封じたという場面があったのですが、こんな短期間での防衛テクニックが使用可能なのか?!、ということだけが、よくわかりませんでした。
 作者名の“大樹七海”というのはペンネームだと思いますが、本書の主人公同様、ダ・ヴィンチ的な興味関心の広がりを持つ方のようで、狭い業界にあっては、いつかお会いする機会もあるかな~、と期待しつつ本を閉じました。初心忘るべからず、だな、というのが率直な感想です、ありがとうございました!

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2018年3月16日 (金)

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

20180311_3  息子が一日で完読し、「おもしろい!」と太鼓判を押した本を、今週読みました。“東ロボくん”プロジェクトで著名な新井紀子氏の本。
 昔、高校教師になった折、「勉強面ではまだ、高校入学レベルに達していないお子さんがかなりいる…」と感じました。また、社会に出ていろいろな仕事をみるにつけ、「世の中には、携わるのに大学を出る必要のなさそうな仕事がたくさんある…」とも感じました。さらに、息子が小学校に通っている時、「義務教育期間にはもっと、作文を日常的に書かせ、それを添削しないとダメなんじゃ…?」と思った覚えがあります。
 本書は、そんな過去の問題意識の正当性を裏付けてくれるような一冊でした。AI 技術の研究の一環から、「AI を大学受験に挑戦させる」というプロジェクトを興し、そこから数々の副産物を提示してくださっている著者。AI 技術はいまのところ数学でしかないこと、これまでの技術革新とAI 技術による変革は質が異なること、社会にはAI で代替される仕事もされない仕事もあること、「意味」を理解することの重要さ…。

 本書を読んだ私の端的な感想は、「AI には出来ず、人間がやらなければいけない肝腎なことは、人間を総体的に評価すること」だということです。そして、「現状のAI 技術の弱点は、それを生み出し利用しようとする人の価値観が、かなり偏っていることだろうな…」ということ。さらに、「各教科ごとの攻略にまったく異なるアプローチを要するAI 技術を俯瞰すると、人間の能力ってホントにすごいな…」という感動。。。

 著者が選んだ「ロボットは大学入試に合格できるか?」という課題は、5教科8科目にわたる様々な分野の問題解決に当たるという点で、ものすごいチャレンジ! あまりにチャレンジングで、AI の能力の限界が即座に見えて、やる気が失せてしまうのでは…とさえ思えました。が、思いのほか実績を上げている様子に、驚きを隠せません。
 本の中で、子どもたちの学力は「国立Sクラス、国公立Aクラス、国公立Bクラス、私立Sクラス、私立Aクラス、私立Bクラス、私立Cクラス」の7つに分けられています。現状でもすでに“東ロボくん”は、MARCHには合格できるレベルだとのこと(それなら、弁理士試験の短答問題も70%くらいは取れそう…?)。そしておそらく、目下AI に携わる人たちは、SやAクラスの人たちがメインでしょう。ペーパーテストでの能力評価は、客観的であり、ある意味公平であり、明確な指標であって、AI の能力評価に利用するのは合理的だし、数学に基づく技術である以上、SやAクラスの数学好きな人たちが取り扱うことになるのは当然のことと思えます。
 ただ、全体的なアプローチとして、理数系の研究者ばかりが問題解決を模索するのと併行して、文系の人がもし、この課題を前にしたら、どんなアプローチを提案するんだろう?という興味も湧きます。
 後半、「どんな時代になっても必要な力は、文章読解力であろう」と示してくれた著者の考えに、強く共感しました。そして、まだ問題文の意味すら理解できないAI が、MARCHの試験に合格してしまうという事実に、「センター試験の評価軸って、このままでいいのかな?」との疑念も。だからこその大学入試改革なのだろうと思いますが、人の能力を評価するのは、手間も時間もかかる大仕事であることが痛感されます。
 “意味を正しく理解する力”――これは、当面AI には涵養できない力でしょう。意味を正しく理解しないことには、お互いに分かり合えないし、共感もできない…。そういう意味で、“シンギュラリティ”のわたくし的な定義は、「AI と分かり合える時が来たとき」と言えるかもしれません。
 また、人の幸せって、“人生のうちにどのくらい、自分の価値を認めてくれる人に出逢えるか”にかかっているようにも感じました。この先、AI が文章読解力を高め、東大合格を果たし、小学校の文章題も解けるようになり、人それぞれの“良さ”を評価できるようになったら、そんなAI は、とっても魅力的なことでしょうね~。

 息子が、本書のどのへんを“おもしろい”と感じたのかは、おいおいインタビューしてみたいと思いますが、私は、著者の“社会共有知研究センター長”という肩書を、とても素敵だと思いました。知識の多寡で能力評価するのでなく、有用な知識はできるだけシェアしていく社会――ベーシック・インカムの実現には懐疑的な著者ですが、「文章の意味を正しく理解する力をきちんと身に付けること」は、ある種、ベーシック・インカムなんじゃないかな~、と感じました。
 AI に仕事を奪われる談義が花盛りの中、一味違う視点を授けてくださった本書に感謝!
(オープンプロジェクトだそうなので、何か面白いアプローチを思いついたら、参加してみたいな~♪)
 

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2018年2月 8日 (木)

『量子力学で生命の謎を解く』

20180205_1  『量子力学で生命の謎を解く』をようやく読了。
 読後、そもそも論として、2つの「?」が私の中にあるのを感じました。
 1つは、「あまりにも人間中心で書かれてはいまいか?」ということ。ヒトも所詮は生物の一種族でしかないのだから、コマドリやカクレクマノミやオオカバマダラが、ヒトにはない感覚器や機能で世界を認識しているのは当たり前で、もっともっと身近な生き物の中の、ヒトには理解できていないこともドラマチックなんじゃないか…と。
 もう1つは、「宇宙を、3次元+時間という軸で見るのは、不自然なんじゃないか?」ということ。あくまで、たまたまヒトが認識できる世界が、
3次元+時間という枠組みなだけで、量子現象が“不気味”に感じるのも、それゆえのことなんじゃないか…と思っています。

 個人的に印象的だったのは、「分子生物学のセントラルドグマ」はもはや崩れ去っている、という記載。それまでは、DNAの転写において、情報は、DNAからたんぱく質へ、さらに細胞や生物の外界へと、一方向にしか流れない…という原理に基づいていたけれど、「適応的突然変異」というものがあることが、ケアンズという人の実験により明らかになったらしく、“相互作用”重視の私としては、さもありなん!と思いました(笑)。

 本書の根源的な問いは、「生命の起源、意識の起源の解明には、量子力学が必要不可欠なのではないか?」というところにあるのだと思いますが、素人考えでは、「そりゃぁ、当たり前では?」と思ってしまいます。マクロな世界(古典的な世界)は、間違いなくミクロな世界(量子の世界)の上層に成り立っている以上、作用効果の有無はさておき、量子力学が通奏低音のごとく何かしら機能していることは自然なことのように思えます。
 これまで、そういう世界に足を踏み入れることができなかったものが、21世紀になり、理論だけでなく、徐々に実験手法も編み出され、手が届くようになってきたということでしょうか…。
 上記の根源的な問いに先立って、現実的な問いとして、「酵素の働きの仕組み、光合成の仕組み」を解明することで、「エネルギー生成の効率を上げる」という副産物が得られそうな状況にあることを知れたのが、本書を読んだ収穫です。そして、とりあえずの課題は、「生命は、どのようにしてコヒーレント状態を長時間維持しているのか?」を探ることであり、それがどうやら、嵐の海を航海する船のような絶妙なバランスの上に成り立っているらしいこともわかっているそうで。
 今や、「合成生物学」なんていうジャンルの研究も盛んになっており、その手法は、トップダウン式に、今ある生命を書き換えるというものと、ボトムアップ式に、生きていない化学物質から生命形態を作り出すというものがあるのだとか!(今後ますます、生命倫理の検討も難しくなりそうですね。。。)
 また、こうした研究が進めば進むほど、「生命とは何か?」「心とは何か?」という、定義自体の困難性も高まることになる。。。リチャード・ファインマンの「作ることができないものは理解したことにならない」という言葉が数か所に引用されていますが、果たして
、ヒトが「生命」や「心」を作ることができる日なんて、来るんでしょうか…?!

 著作権についてしっかり考えてみたいと思っている矢先、本書を読んで、「そもそも生命こそが、“複製”から始まってるんだよなぁ…」と、当たり前のことを突き付けられ、正直複雑な心境でもあります

 数々の最新研究を出典明記の上で紹介し、著者たちの空想実験を気前よく披露してくれた本書は、ものすごい力作だと思います! そして、半世紀以上も前に、本書のテーマに関わる根本的な問題に予言的に言及していたエルヴィン・シュレーディンガーを、改めて見直した感じです(苦笑)。
20180205_2  途中で挫折して、本棚に放置したままのシュレーディンガーの評伝、読み返してみようかな…?(科学的な思索の跡というより、女性遍歴の跡…かもしれないんですが^^;;)

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2018年2月 5日 (月)

『発明者をプロデュース』

20180201  先日、先輩からご紹介いただいた本を一気読み。
 仕事柄、知財関連の書籍もそれなりに読んでいるつもりですが、本書は、「発明好きの子どもを増やしたい」という思いから編まれている点、著者ご自身の初心に忠実に、純粋な思いを土台に書かれている点で、従来の知財本とは毛色の違う、とても心温まる本でした(弁理士の岩永先生 著)。
 「私はこの「学校への出張授業」が好きです」(p.224)」と明記されているとおり、子どもたちが創意工夫することを習慣づけることが、著者先生の最大の喜びなのだと思います。本書の帯の表2(表紙裏)部分に、「地救発明プロジェクト メンバーズカード」というものが印刷されており、上梓をきっかけに、“発明で、地球環境や生活の中に横たわる諸問題を解決していこう”という有志の子どもや仲間をどんどん増やし、2039年には全世界からそのメンバーを集め、刊行当時よりも世界が良くなっていることを祝う祝賀会を開くのが夢なのだとか! 本書を読んだ人は即、メンバーになれるそうなので、私もすでに立派な“
地救発明プロジェクト メンバー”です(笑)。

 お恥ずかしい話、近頃は、受験勉強に一向に熱を入れない息子に業を煮やすばかりで、息子のいい所を探そうとしていない自分がいたのですが、本書第2章の「お子さんが発明好きになる“親のあり方”」という部分を読んで、「今はまだきっと、勉強する必要性を実感していないだけで、本当に知りたいことや、解決しなければならない問題に遭遇すれば、自然と勉強するだろう…」と思えるようになりました(苦笑)。

 本書は、上記のようなマインドセットを向上させるための啓発部分と、発明の生み出し方や権利化までの手続きといった現実的ノウハウ部分が混在しているため、2冊の本を読んだようなお得感があります。個人的に、子どもの教育に関しては、佐々木かをりさん等が強調されるような、タイムマネジメント能力の獲得が大事なんじゃないかと思っていますが、本書を読んで、問題解決能力の獲得と併せて二本柱かもしれない、と思うようになりました。いずれにせよ、教育は一本道でなく、一筋縄ではいかない上、とても時間がかかるものであることだけは、確かですね。
 私の精神状態が最悪な折りに、タイムリーに本書をご紹介くださった先生に感謝します。

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