タイムスリップ1997-19
ママのかわいい子猿ちゃん
子どもって、本当にかわいくて、何人でも欲しいけど、体力とか時間とかお金とか、それを許さないものが多いのよね。
11月に入り、世間ではサッカーのワールドカップ予選でいつにない興奮の渦が巻き起こりつつあった。こういう興奮は胎教にいいのか悪いのか、ちょっと気にかけつつも、見ればどうしても雄叫びをあげてしまう私だった。
そんな中でも仕事は相変わらずで、通勤はますますしんどくなるばかり。気を紛らすために、よく吊り広告を読んだ。ある日、AERAの特集で「女の選択~出産のタイムリミット」という記事があるのを目にした。AERAの編集部に、女性の妊娠・出産や少子化に興味を抱く人がいるのか、以前からこの雑誌は、こうした記事を定期的に載せているような気はしていたのだが、今回のタイトルにはつい購買意欲を掻き立てられ、キオスクで買ってしまった。
内容は今となってはほとんど覚えていない位他愛無いことばかりだった気がするが、その中に安室奈美絵が20歳で出産することについて書いてあって、ちょっと興味をそそられた。今やマル高は35歳で、20代で出産しようなどという女性はとても珍しい存在になりつつある中、超売れっ子の渦中の人が一旦幕を下ろすという決断は、周囲からどういう反応を受けるのだろうかと思ったのだ。一般的に好意的に見られる彼女の出産決断だったが、一番あっけらかんとして幸せを噛み締めているのが彼女自身だったことに、私は少なからずショックを受けた。社会的ステータスの放棄だの、家に引き蘢ることの非生産性だの、つまらない見栄を張っていっぱしのOL然とした悩みを抱えていたつもりが、彼女のように純粋に「好きな人との間に子供を持つ」ということを素直に喜んでいるのを見たら、なんだかうらやましくなってしまった。30歳を過ぎても何一つクリエイティブな仕事をしていないという自己嫌悪は拭い切れないが、普通の仕事は元気でいれば長いスパンでできるけれど、出産には確かに適齢期が存在する。今この経験をしておくことが、後々の仕事にも何らかの意味でいかされる日が必ず来ると信じて、前向きに乗り切っていけばいいことじゃないか。自分よりひとまわりも年下の人の単純明快な出産意志に教えられた感じだった。
世の中には、子供が欲しくてもどうしてもできない人や、仕事を捨て切れずに泣く泣くあきらめる人、事故で子供を失ってしまった人など、自分の意志に反して子供を持てない人が数多くいる。そんな人たちから見たら、産休も育休ももらって仕事も続けられ、子供も育てられる私に、不平をもらす余地などないはずなのだ。タイムリミットなどと制限を意識せずに、欲しい人は果敢に挑戦を続けるべきだと思う。育児の苦労を考えてしまうのは確かだし、生まれてくる子に無責任な環境を与えるべきではないだろうが、たいていの仕事よりは子供を育てることの方がずっと重要に思えてしまう私は、やっぱり子宮でものを考えているのだろうか?
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