『暗号解読』
サイモン・シンの『暗号解読』を読み終えた。いくつかの暗号の仕組み解説には冗長な部分もあったものの、面白さは『フェルマーの最終定理』に引けを取らなかった。BBCの十八番かもしれない“時系列順の俯瞰”は完璧だ。今回も、古くからのさまざまな暗号と、それに関わった人たちをドラマティックに紹介し、暗号作成者と暗号解読者のイタチごっこの歴史が興味深く描き出されている。何より、戦争の陰で活躍した、功績を称えられることなく世を去った多くの関係者の存在が胸を打った。
そして秀逸だったのは、アリス&ボブとイブによる暗号文のやりとりで考察する、二十世紀になってからの共通鍵暗号方式と公開鍵暗号方式のVI章!! この章を読むだけで、インターネット時代の現在、いかに公開鍵が貴重な存在であるかが、身にしみてわかるだろう。情報処理試験でもたびたび登場するDESやRSA暗号だが、こんなドラマから生み出されたことを知っていれば、もう少しは楽しんで問題に臨めたかもしれないなぁ、と思った。何気なくamazonで本を買い、銀行口座の情報をブラウザのフォームに入力してしまう昨今、その裏では必ず暗号が働いてくれている。大きな桁数の素数が掛け合わされ、私の個人情報を守ってくれていると思うと、不思議な気持ちになる。
それにつけてもショックなのは、学生時代、まだワークシェアリングとかでコンピュータを使い、インターネットなど知るよしもなかった頃に、すでにアメリカの大学では、優秀な何人もの人たちが、いずれくるe-Tradeの日常を見越して、暗号作成の方法を考え続けていたということだ。今でこそ、アメリカと日本の差はそう大きくないと思う(思いたい)が、ほんの2,30年前には、ものすごい時差があったのかなぁ? 残念なことに、今回の本では日本人の活躍は何も紹介されておらず、唯一、オウム真理教がRSA暗号を使って秘密情報をやりとりしていたことに触れられていた。犯罪組織の暗号使用は日常茶飯事のことらしく、盗聴や解読が困難になる暗号技術の発展は、警察組織にとっては迷惑なことのようだ。けれど、ここまでインターネットが発達した今、個人情報の保護はごく普通の人たちにも必須なことは確かだろう。
最後の、量子暗号の解説では、私のヒーロー、ハイゼンベルクにも触れられていたが、紙幅が足りなかったせいか、やや物足りない感じがした。最新の話題を終章で紹介するには、量子力学の世界はあまりにも現実離れしているのかもしれない。個人的には、暗号にとって根本的な弱点だった鍵配送問題が、非対称な一方向関数という純粋数学の助けを借りて公開鍵の発明につながり、RSAやPGPの実用化に至った過程を知ることができただけでも十二分に面白く価値ある読書だったと言える。
「成績照会公開日まで、あと22日」
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 日本野鳥の会 創立90周年記念誌(2024.07.17)
- 「時間」と「SF」(2024.06.25)
- 『森と氷河と鯨』(2024.04.12)
- 家庭画報3月号(2024.02.28)
- 『還暦不行届』(2024.01.18)
コメント
面白いページのご紹介、ありがとうございます。BirthdayParadoxについては、私は身をもって体験しています。周囲に同じ誕生日の人が3人もいて不思議でなりませんでした。暗号の2010年問題というのも興味深いですね! 暗号をめぐる各国間の姿勢をみると、駆け引きなしには政治は立ち行かないのかぁ、、と、なんだか恐ろしくなりますね。
投稿: Taraco | 2008年5月27日 (火) 08時39分
こんばんは!
「暗号解読」、なかなか面白そうな本ですね。
当社では、Mistyなる暗号方式を開発・公開していますが、これは開発者の頭文字を集めて命名したそうです。
その筆頭の松井さんって開発者と仕事で話す機会がありましたが、イメージはSISAに居たリアル君。いかにも数学者、ってタイプで、世辞には疎い感じでした。
この方は米国のDESをクラック?した業界でも有名な方です。って日本人の活躍が書かれていないってあったのでご参考まで。
http://dev.c4t.jp/cryptography/cryptography08.html
ちなみに日本や米国でも暗号輸出規制がありますが、私が苦労したのは受け入れ国側の輸入・使用規制。中国あたりは届け出をしなければならず、凄く面倒です。
凄い暗号技術はあるけど、しばらくは製品搭載見送りになりました...。残念。
投稿: Y.Mita | 2008年5月26日 (月) 23時00分