下坂スミ子先生 講演会
土曜日、新宿で「弁理士女性の時代! ~弁理士には女性の方が向いている?~」と題して、元・日本弁理士会会長の下坂スミ子先生の講演会があったので行ってきた。
ご経歴を拝見すると70歳台前半と思しき年齢のようなのだが、矍鑠としてパープルのスーツがよくお似合いの素敵な女性だった。お話も非常におもしろくエキサイティングで唸ってしまった。
昭和28年に高校卒業後、嫁入り修行的にお茶やお花や洋裁・お琴・日本舞踊など、数々の習い事を強制されたものの、自立した女性になりたい一心から習い事に通うフリをしながら月謝を密かに貯め、家族の反対を押し切ってみかん箱一つで大分から上京。丸の内の特許事務所に勤務しながら大学に通い、昭和38年に卒業し弁理士資格取得。事務所所長の奥様が福沢諭吉の娘さんで、親戚ともお付き合いさせてもらったが、当時は“人の上に人を作らず、人の下に人を作らず”と言ってもそれは男性のみについてのことだ、という話も出たりして、とにかくまだまだ女性には辛い時代だったようだ。下坂先生が合格した当時は、合格者40数名中女性は2人、今以上に男性ばかりの世界だった模様。下坂先生はこの特許事務所で研鑽を積み、36歳のときに独立する決意をしたそうだが、そのときお世話になったのが、女性としての弁理士第一号の井上清子先生。井上先生は小学校卒から努力して弁理士になり、90数歳で亡くなるまでずっと男装しておられたそうだが、生涯現役で活躍されたそうだ。この井上先生の事務所で半年間研修した後、ついに下坂先生も独立。だが、32歳の頃クライアントから「なぁんだ、女か~」と言われたり、36歳で独立の際も銀行から「女には貸せないよ」と言われたり、苦労はついて回ったようだ。以来今まで、日々エキサイティングな仕事をこなし続けていらっしゃる。
これだけ長く弁理士業界を見てこられた方のお話が聴けて、時代の趨勢と並行して解説いただけたのはありがたかった。そして、ずーっと勉強し続けないと、とてもついていけない世界であることもよくわかった。合格後も登録前研修があり、登録後も5年間で70単位の取得がずっと義務付けられているとかで、常に技術の進歩と世界の動向に目配りしておかなければ仕事にならないのだそうだ。ただ、弁理士の仕事は、根気さえあればデスクワークが7割なので女性にはやりやすい仕事だとも。最近では専権業務ばかりでなく、契約代理や著作権侵害などの仕事も多く、幅広い業務内容へと様変わりしており、いろんな可能性があるようだ。
聴衆の多くはまだうら若い女性や男性で、可能性の塊のような人たちばかりの中、私のようなうら枯れたのが混じっているのもおかしな気がしたが、仕事は山積みらしきお話には勇気づけられた。
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