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2013年11月 9日 (土)

『スティーブ・ジョブズ』

 2011年10月5日、スティーブ・ジョブズが亡くなった。本書は、ジョブズ公認の唯一の伝記である(11/7読了)。『ベンジャミン・フランクリン伝』や『アインシュタイン伝』等でも有名な伝記作家ウォルター・アイザックソンが、3年にわたって生前の本人ほか数々の関係者にインタビューして著された(訳は井口耕二氏)。

 取材嫌いだったジョブズ氏が、なぜ伝記の制作に協力したのか…、それはこう記されている。
―― 僕のことを子どもたちに知ってほしかったんだ。父親らしいことをあまりしてやれなかったけど、どうしてそうだったのかも知ってほしいし、そのあいだ、僕がなにをしていたのかも知っておいてほしい。そう思ったんだ。――
 一方、息子のリードは
この伝記作家に真剣な目でこう訴えていたという。
―― 父親は利益ばかりを求める冷徹な実業家ではない。自分のしていることが大好きで、自分が作っている製品に誇りを持つからこそがんばっているのだ。――
 伝記なんて書かれなくても、父親の生き様はちゃんと子どもたちに伝わっていたんだな…と思えた一文だった。

 とはいえ、ジョブズその人についてできるだけ詳細に知りたいと思う人にとって、本書は本当に貴重なものになった。あらゆる側面から、彼の人間性や成果について、ニュートラルな立場で淡々と記録されており、評価に偏りがない。いい面悪い面すべてひっくるめて、Apple35年の歴史とシリコンバレー周辺の人々の人間ドラマを浮き彫りにしてくれた。I ,II 巻合わせて全41章で構成されており、時に声を立てて笑い、時に涙し、時に考え込みながらのエキサイティングな読書だった!
 たくさんのことが書かれていて、感想も膨大なため、ここには印象的な部分だけ記録しておこう。

 歯に衣着せぬ猛烈な物言いで、ずいぶんと酷い仕打ちをたくさんの人にしているし、いわゆる“現実歪曲フィールド”と揶揄されるように、他人のアイディアをさも自分のもののようにしてしまう面もあり、身近な人たちにとっては正直扱いにくい苛烈な性格だったのだということに少し驚いた。それでも、クリエイティブな人を率直に尊敬し、人文科学と自然科学の交差点に立って、すごいアーティストとすごいエンジニアを指揮した名コンダクターだったことが実感された。“頭がいい”というのと違い、“直感で正解を出してしまう類の天才”だと形容されている。酷い目に逢った人たちにその体験をインタビューしようとすれば枚挙にいとまはないが、その悲惨な体験談は必ずといっていいほど、「彼のおかげで、それまでできると考えもしなかったことができた」という言葉で締めくくられたのだとか。。。「強烈なリーダーシップが、世界のどこにもなくなった…」と嘆いていたというが、本人はまさに、強烈なリーダーシップで、ビジョンの実現のためには冷酷にもなり、人の潜在能力を最大限まで引き出して、“いい仕事”をするためだけに邁進していたのがよくわかる。

 “禅”に大きな影響を受けていたことがそこここに書かれており、私にとっては最も興味深い側面だった。シンプルさ、簡素さといった形式面での影響が取り上げられていたようだけれど、私はむしろ、以下のジョブズ氏の言葉の中に、“禅的生き方”を見せられたように思う。
 「僕がいろいろできるのは、同じ人類のメンバーがいろいろしてくれているからであり、すべて、先人の肩に乗せてもらっているからなんだ。」――人類全体にお返しするには、自分にやれる方法でなにか表現することだ――という考え方。

 彼は6つの業界に革命を起こしたと言われる。パーソナルコンピュータ、アニメーション映画、音楽、電話、タブレットコンピュータ、デジタルパブリッシング……。私の人生のあちこちに、彼の起こした革命の影響が刻まれているのを感じる。
 一方で、長年の宿敵ビル・ゲイツとの関係性も、まるでスポ根アニメのライバル同士のように好ましく見られるようになった。MacとWindows、クローズドとオープン、エレガントとコモデイティ、統合と自由…対照的な二人が切磋琢磨してこその情報技術の発展であって、短期的・長期的な視点で評価は分かれるとしても、ジョブズの晩年の二人の対話からは、双方がお互いの長所も短所も認め合っていることが感じられた。
 二人とも、自分らの子どもたちの今後をとても心配している様子を読んで、「巨人もただの父親だな」とほのぼのした(笑)。

 本書には、知的財産や著作権の話もずいぶん出てきて、iTunesやiBooksの実現で、コンテンツの著作権管理にも大きな影響があったことにも考えさせられた(ジョブズ氏の行動力は本当に尊敬するけれど、日本人としては、SONYにiTunesのような仕組みを構築してほしかったと切実に思う。。)。
 そして、“Think Different”に象徴される、イノベーションのための考え方にも。

 ピクサーの建物と、2015年完成予定の新本社ビルを、是非観てみたい。そこには、生前のジョブズ氏の思想が色濃く体現されているだろうから。
 最期の時までのカウントダウンの章は、ティッシュの箱を抱えて涙・涙で読むしかなかったけれど、ギリギリまで働き続け、アイディアを出し続け、大切な人たちに囲まれて過ごした晩年は、きっときっと幸せなものだったろうと思う。
 「できない理由を挙げるより、どうしたらできるかを考えろ!」と、彼から叱咤されるような、刺激的で忘れがたい本になった。
(早々に電子化してくれた講談社さんに感謝! 天国のジョブズさん、kindleで読んじゃってごめんなさい。)

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