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2016年6月 7日 (火)

『ロバート・フック ニュートンに消された男』

20160601_2  ちょっとした個人的興味から、中島秀人さんとはどんな人だろう?と思い、その代表作である本書『ロバート・フック ニュートンに消された男』を読みました。
 こんなに濃密で、緻密な調査に裏打ちされた本を読んだのは何年ぶりだろう?と、まずは著者への尊敬の念が湧きました。本書は、科学技術史研究者である中島先生の博士論文を、一般向けに書き直して上梓されたものだそうですが、その序文からして、見事な文芸作品のようで、一気に引き込まれてしまいました。
 先生は修士のとき、万有引力の法則で誰もが知るニュートンを研究対象にしようとしていたところ、その傍らに存在したロバート・フックという人間が、どうにも気になる存在になってしまったのだそう。ロバート・フックも、線形弾性体の伸びは荷重に比例するという“フックの法則”が教科書に載る程度には有名ですが、それ以外の業績はほとんど知られることなく、ましてやその“人となり”など、関心を持たれることもない存在でした(科学史家の中では、もっぱら悪役的存在)。本書は、そんなフックに光を当て、ニュートンと同時代にどんな研究を行い、どんな暮らしぶりで、どんな交友関係を持ち、どんな人生を生きたかを、活き活きと詳らかにしてくれます。
 彼は、ボイルの補佐として真空ポンプを作ったり、顕微鏡で細密な観察画を描いて植物の細胞に言及したり、長大な屈折式望遠鏡を組み立てたり、回転運動の方向を変えるユニバーサル・ジョイントを発明したり、航海のための気象観測装置として回転気圧計や湿度計・温度計・深度計を考えたり、時計のバネ付きテンプを考案したりと、まさに八面六臂の活躍をしていたようです。ロンドンの王立協会で長らく実験主任を務めた彼は、現代の“でんじろう先生”的な華やかさで、当時の科学技術界をリードしていたように思えます。
 私が興味深かったのは、フックやニュートンが生きた17世紀のイギリスは、ちょうど特許制度の基本的な考え方が制定された時代だったということ。“誰が最初に発明したか・貢献したか?”によって、特許が与えられたり、国王から賞金が出たりしていたらしく、自分の功績を本にまとめて出版する際、肝心な部分をアナグラムにして競合者を牽制したりもしていた模様。
 光学に関する議論で、フックが「ニュートンは、自分の波動説を盗んだ」と言えば、ニュートンも「フックの説はデカルトからの借り物だ」と反論したり、引力に関する議論でも、フックが「ニュートンは、自分の逆二乗の規則を盗んだ」と言いふらすのに対し、ニュートンも「フックはそれをボレリから盗んだ」と言い立てたり、、、こう書くとなんだか、見苦しい業績争いのようにも見えますが、こうした衝突に至る以前の、手紙や出版を介した情報交換による相互作用や積み重ねの効果がとても興味深かったです。
 法則や現象等に、発見者・発明者の名を冠することを“エポニミー”というそうですが、本書を読むと、エポニミーの栄誉に浴する個人の周囲に、どれほどの黒子的貢献者がいるかを検討するのは、科学技術史においてはとても重要な仕事のように思えました。
 また、“あとがき”で中島先生が問題提起されている、理学系と工学系の社会的地位の差異が、どちらかといえば理論屋のニュートンと、根っからの実験屋のフックとの関係に象徴されるようで、世の人がなぜ、泥臭い実験より、美しく系統立った理論を誉高く感じるかは、時代性もさることながら、そこに超越的存在を感知するからかもしれません。
 ただ昨今、純粋科学に対する世間の幻滅というか、現実世界に配慮しないナイーブな探究心が軽蔑される傾向は看過できず、実際問題として、基礎科学に従事する人は、アウトリーチのみならず、研究課題の根底に、現実社会への配慮を組み込まないと立ち行かない時代なのではないかと感じます。
―――とまぁ、いろいろ考えさせてくれる刺激的な本だったわけですが、個人的に、敵対するフックとニュートンの間を取り持っていた、“ハレー彗星”の発見者であるエドモンド・ハリー(←と本書では表記している)の人柄に、とても興味が湧きました(笑)。中島先生に、『エドモンド・ハリー プリンキピアを自費出版した男』とかで、情報を公開することの意義について考察する本を書いていただきたい、、なんて妄想が(苦笑)。

 あ、それから、過去の文献のアーカイブという視点で見ると、ワイト島の公文書館の司書さんのプロフェッショナルぶりに感動しました~!(アーカイブの意義は、現存する人だけでなく、過去に生きた人とも交流できることかもしれません…) ともあれ、本書に出逢えたことに感謝!

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