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2016年12月22日 (木)

「逃げ恥」最終回

 火曜の晩、今期尻上がりの視聴率だったTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の最終回でした。先のことはわからないけれど、すごく楽しく素敵なハッピーエンディングだったと思います♪
(願わくば、シングルマザーとなった“やっさん”にも、お裾分けが欲しかったな…)
 今期、どうしてこのドラマが気になったかを反芻
 ひとつはもちろん、“契約結婚”というシチュエーションの成り行きが気になったこと。家事労働の対価って、どの程度のもんだろ?という素朴な疑問から始まり、赤の他人だった二人が一つ屋根の下に暮らし始める“結婚”という体制における、家庭内のアレコレの分担・負担の変化に、この歳になっても問題意識を抱え続けている自分を客観視できそうだったこと。これらは、“ヒラマサさん”と“みくりさん”の会話や心の声に聴き耳を立てながら、楽しみました。
 もうひとつは、“ゆりさん”と“風見さん”という、“自分スタイル”を真っすぐ最大限大切にする生き方をしてきた二人の“恋の行方”と“人生の選択”。当初から、「あ、この二人は相思相愛になるな」とは思っていながらも、さすがに17歳の歳の差ってどうなんだろ?という不安を引きずりながら見守りました。若さを失っていくことの恐怖は、近頃切実に感じることであるだけに、ゆりさんが守りに入るのか、心のままに動くのかが気になっていました。
 このドラマには、珍しく夫もハマり、一緒に観ていましたが、その中での意見交換が癪だったり面白かったり。。。
 家事分担については、「やっぱり収入の割合で、分担比率も変えるのがフツーでしょ」と身も蓋もないことをアッサリ。結婚して二十数年、フルタイムで働いている間も、家事の大部分は私がやってたような気がしますが~??! まぁ、専業主婦時代はやはり、「仕方ないな」って感じでしたけども、一人なら、どんなに忙しく働いていても、自分のことは自分でやらなきゃいけないのに、どうして結婚して奥さんが専業主婦だと、一切やらなくなっちゃうんだろ??(子育てが、いかに大仕事かがわかってないんでしょうか…)
 そして、“歳の差婚”については、「17歳くらい、どうってことないんじゃない?」とのこと。現実にそれくらい離れていて結婚している知り合いがいるだけに、まったく問題ナッシングの模様。そりゃぁまぁ、女性が55歳くらいまでは気にならないかもしれないけど、やっぱり女性が70歳になったときに男性が53歳って、ちょっとツラい気はしてしまいます(が、どこまで行っても甥っこでも、好きになっちゃったもんは仕方ない)。。。まぁ、最後の、ゲイ・パートナーのカミングアウトを見たら、「歳の差ごとき」って気になりますね(笑)。
 ともあれ、やっぱり最後は、先々のことより今の“愛”ですね♪ 最終回のヒラマサさんの言葉の数々には、とってもホッコリしました。生きるって、すごく面倒だけど、一人でも面倒なら、二人で面倒な方が面白い―― いつもそんな境地でいられたら、多少の衝突は家族会議で乗り切れるかな?(まぁ、恋愛・結婚生活より、ホントの家族会議が必要になるのは、出産後だとは思うけど、それを言っちゃぁ興醒めね…笑)。
 原作の海野さん、脚本の野木さん、スタッフ・キャストの皆々さま、素敵なハッピーエンドをありがとうございました~

【著作権処理】 このドラマの舞台裏では、相当量の権利処理業務が発生したことと思いますが、TBSの法務部だか知財部だかの方々に、ご苦労具合をインタビューしたいなぁ~(笑)。

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コメント

どこのどなたかは存じませんが、コメントありがとうございます。
家事育児について、例えば国会議員や会社役員の方々等の中で、何人くらいが朝食・夕食の支度を自分でして、掃除も洗濯もお風呂掃除もゴミ出しもして、子どもの保育園の送り迎えまでしている人がいるだろう…?と考えると、そういったことは人に任せきりの人も意外に多いように感じます。また、ご主人の仕事の関係で、アジア等の新興国に赴任したご家族の話を聴くと、幾人もの使用人的人たちに、身の回りの世話は一切してもらっていたという人も数知れず。。。世の中、案外、王侯貴族のように暮らしている人もいるのかもしれません。私のような市井人は、なんでも出来た方がいいと思ってしまいますが、中には、お互い納得の上で、割り切って効率的に作業分担する意味で、専業主婦がハウスキーピングを担うのもアリかな?と、最近は考えていたりします。

投稿: Taraco | 2018年11月11日 (日) 15時39分

家事が出来ない人間は男であろうと女であろうと人間失格とまでは言わないが人間として半人前、未熟、未成熟であろう。対価がなくても家事をするのは当然のこと。
炊事、洗濯、掃除をしない、できないと公言する人間は男女問わず一定数いるが、本来であれば恥ずかしいこと。よく自慢気に自慢話のように話せるものだと感心する。厚顔無恥とはよく言ったものだ。
だいたい炊事、洗濯、掃除といった家事を何一つ出来ない人間に限って、他人にはそれが当然に出来ることも要求する。不思議なものだ。一体何様のつもりなのだろうか?王様、神様にでもなったつもりなのだろうか?
仕事が忙しい、時間がない、そんなことは言い訳にならない。限られた時間の中で仕事も家事も趣味もこなすのが成熟した一人前の大人というものだ。

投稿: 森田先生家事に対価を求めるな! | 2018年11月11日 (日) 14時54分

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