『喧嘩の作法』
一昨日読了した『喧嘩の作法』についてメモ書き。
私はメーカーに勤務したことはなく、企業内知財部の実務の詳細を知りません。周囲にいる知財部勤務の知人としては、I社にいた大学の同級生、F社にいた同期友人、K社にいる親戚、K社にいる同期友人、T社にいる幼馴染のご主人、S社にいる同期友人、あとは、前事務所のお客様――。それぞれ業種は様々だし、細かい仕事の話はしないので、どのくらいエキサイティングなものなのかは、想像の域を出ませんでした。
今回本書を読んで、グローバル企業の知財部というのは、自社を“知財”というツールを使って守る軍隊のようだな…という印象を持ちました。明細書を書く人はさしずめ、刀鍛冶のごとし。コア技術のような鋭利な刀剣もあれば、改良技術のような小刀的武器や静的なお堀…。営利を目的とする企業活動の中に身を置く限り、侵害行為の予防や、侵害者との“喧嘩”は避けては通れない仕事。。。そして、20世紀は防衛色が強かった兵法も、21世紀になると次第に世界に通用しなくなっていること。さらに、事務所では「技術」に力点を置けばある程度は事足りるものの、企業内知財部では「経営」「営業」といった観点から総合的(三位一体的)に兵法を練る必要があること。“知財”というと何となく、静かで内向きなイメージが強かったのですが、本書からは、非常に動的で外向きなイメージが浮かび上がりました。
“兵法”という以上、キレイゴトだけでは済まない“えげつなさ”も時には必要のようですが、少なくとも、法律という枠組みの中でのフェアさを追求し、アンフェアな者には容赦なく対応して、市場の優位性確保に全力を尽くしてきた著者の姿が想像されもしました。
知財関連書としては、かつてないほど面白く拝読した本書から、印象的な文章を抜粋。。。
「はじめに」より――
・特許は、それぞれがきわめて個性的であることが、とらえどころのなさに拍車をかける。特許の価値の不確定さは、1件の特許で世界制覇できる医薬品もあれば、数千件の特許によっても守ることのできない電気製品もある。超巨大な権利と塵のように小さな権利。それがひとつの特許制度の下で混在している。今、知財の使い方は知財の専門家だけが考えるものではなく、全社をあげて考えなければならない。なぜなら、知財は産業競争で直接使える唯一の武器だからである。
「第7章」より――
・知財制度への否定的意見は、現在とても多くなっている。
例えば、特許制度は二次産業より三次産業のウエイトが大きくなってきている産業構造の変化に対応できていない。発明の生まれ方の変化として一個人の発明ではなく市場調査、企画、開発という組織対応で行う法人発明という概念が導入できない。企業の技術開発とビジネスに国境がないにもかかわらず、国別の制度をいまだに引きずっている。件数の急増で、特許庁の審査破綻だけではなく、各企業による第三者の特許侵害調査もできなくなってきている。特許権の極端な不安定性として登録された特許が裁判で無効になるのは40~70%であり、あらゆる権利で最も確実性がない。世界公知の調査は実際上不可能で、進歩性判断は審査官の主観でしかない。…パテントプール、大規模無償クロスライセンスという一括処理は特許をもてあましている証拠である。…時間が速い現代において18ヶ月公開されず、登録まで3年半かかり、登録後も請求範囲の変更ができ、20年間も独占させるというのは世界の時計に合っていない。
(著者は、こうしたことを現段階の限界として受容しつつ、これらの問題をひとつずつ解消していくしかない、としている)
そして最終章の「第8章」には、協調性や平穏性を重視してきた従来の日本企業に、もっと世界の変化に敏感になり、外部情報を意識的にフィードバックできるようにならなければ…と書かれています。
こんな風に、産業競争の最前線で戦ってきた著者ですが、おそらく根はとても平和主義なのでは、と拝察される文章もそこここに。「世界で知財の仕事をしている人たちは特殊専門分野のエキスパートとしての仲間意識がごく自然にでき、誰とでも簡単に親しくなる」とか、「知財部門では当然のように他社と情報交換をし、それにより自社のスキルアップと日本の産業全体が強くなることを意識する。それだけ勉強が楽しい仕事でもある。」とか、「私も、世界中の国に知財ワールドの親友とも呼べる人たちがたくさんいる。欧米や中国だけではなく、ロシアにもアフリカにも南米にもいる。知財の仕事をして一番良かったと思うのは、まさにこの点である。」などなど――。
そして、私が心にとどめたいことが一つ。私がこの業界に足を踏み入れた2013年末、WIPOグリーンという、環境技術を展示する世界のデパートのような取り組みが始まったという事実。「未来の子供たちに青空を」という、半世紀ほど前に世界に発信されたホンダの思想を継承したかのようなジーンに基づいているようです。
「環境技術は1社や1国のためだけのものとケチに考えてはならない。知財を独占という機能よりも技術の普及という機能に着目して、環境技術をより広く使えるようにし、地球環境を守らなければならない。」――出版人の思想と共通するものを感じて、眼前が開けたような気持ちになって本を閉じたのでした。
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