On the Basis of Sex
先日夫とふたりで観た映画「ビリーブ 未来への大逆転」――。ほんの5~60年前のアメリカ、こんなだったのかぁ…と思いつつ、「人の心を変えてから、法律を変える」という順序の示唆に唸りました。また、「国は勝手に変わる」という時代感にも。。。
ギンズバーグ女史の苛烈な人生のひとこまひとこまが、ギュギュッと凝縮されているため、一つひとつのエピソードの大変さがサラリと描かれていましたが、それはそれはご苦労があったろうことが感じられました。乳飲み子を抱えながらの学生結婚、精巣ガンに侵された夫の分の講義ノートまで作る猛勉強ぶり、夫の闘病と手術三昧を支える日常、法科大学院を主席で卒業するという偉業、女性というだけでいくつもの就職を阻まれる現実、社会運動に没頭する娘との確執、法廷という場で正義を実現するという夢を捨てきれない未練、子どもを2人育てながら仕事を続けるパワー、世慣れした夫への淡い嫉妬と恋慕、そして、地味ながらも核心的な事件に立ち向かう高揚――。
ギンズバーグ女史の素敵さもさることながら、夫のマーティンがとにかくカッコよかった!! やはり女性の奮闘だけでは変化は遅々とならざるをえず、男性の心が変わらないとなんだろうな、と、いつもながらの嘆息。法廷での弁論シーンは、ちょっと演出効果が先行して、論理性の納得感がおざなりな印象でしたが、やはりモデルが抜きんでた存在のため、全編通してスゴイ!作品でした。
夫がどんな感想を持ったのか興味深かったのですが、「精巣ガンを患って放射線治療しまくっても、第二子は授かれるんだ~?」とのピンぼけの感想(苦笑)。
映画を観ながらずっと、義母が入院していたリハビリテーション病院で、毎日お昼ご飯の食卓に来ては、入院中の母親にご飯を食べさせていた初老の男性のことを思い出していました。映画の核心となる事件は、介護控除が女性にしか認められていなかった税法の不平等を問題にするものだったので。。。娘だろうが息子だろうが、親身に介護する人はするし、できない人はできない。介護する人は自分の仕事に支障が出て税金の支払額が減る可能性があるし、介護できない人は稼いだ分を他人の手を借りて介護費用に充てることになり、どちらにせよ苦渋の選択を迫られる…。理想的な立法は、考えうるあらゆるケースを想定して為されるべきなのだろうけれど、なかなかその“あらゆるケース”を想定できないのが人のサガ。だからこそ、「寄り添う気持ち」っていうのが大事なんだろうなぁ。。。と思わされたのでした。
後日知ったことですが、私の修論の指導教授と、ギンズバーグ女史の娘さんとはお知り合いらしく、5月には改めて、今度は女史のドキュメンタリー映画も公開になるとのことで、こちらも、映画と比べながら拝見したいと思います!
【夫婦別姓】 とりあえず、戸籍法上の夫婦別姓論議については、すでに“時代は変わった”んじゃないかと思いますが、どうなんでしょう…?
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