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2020年12月 8日 (火)

『たゆたえども沈まず』

20201129_3  ゴッホ兄弟と、画商を営む林忠正・加納重吉の物語である『たゆたえども沈まず』を先月末に読了。著者の原田マハさんの本は、『キネマの神様』『本日はお日柄もよく』に続く三作目でしたが、これまでとはまるで肌合いの異なる、静謐で重苦しく感傷的な佳品だったと思います。
 ゴッホの絵は、画面から溢れ出て来る孤独な“生”を正視するのが苦しくて、到底「好き」とは言えないのですが、彼を生涯支え続けた弟のテオのことは、いつも気になっていました。また、ゴッホがかなり意識していたと思われるレルミットという画家の絵は、私も西洋美術館で一目見て好きになったのを覚えています(西洋美術館のは小さな絵、ゴッホ美術館のは大きな絵)。
 本書を読み始めたとき、「どこまでが史実で、どこまでがフィクション?」…と混乱したのですが、巻末の解説を読み、テオの心の友となったシゲが小説上の創作であり、林忠正とさえ、交流があったか否かは定かでないと知り、仰天しました(吉川英治の『宮本武蔵』みたいな感じ?)。シゲや忠正との交流が事実なら、哀しい兄弟にせめてもの心のオアシスがあったと思えたのに・・・。
 兄弟の絆と確執の物語に触れながら、「タンギー爺さん」「星月夜」「花咲くアーモンドの木の枝」「木の根と幹」の四作の実物を、しっかり見たくなりました。フィンセント:37歳、テオドルス:33歳という、あまりに濃密で短い彼らの人生が、忘れがたく胸に刻まれましたが、こんなにも狂おしい生涯を思うと、タイトルの「たゆたえども沈まず」という言葉が、尚更に痛々しく息苦しく感じられてしまいました。願わくば、二人が天国の明るい光の中で心穏やかに語らっていますように―ーー。

20201129_4  本書は、先月末の土曜の午後、どんよりと曇った鉛のように重い空のもと、喫茶店で読み終えたのですが、涙を堪えながら、その足で「すみだ北斎美術館」に向かってしまいました。浮世絵に心酔した兄弟に、そっと寄り添いたくなってしまったもので。。。
 ゴッホと北斎、絵に向きあう一途さには似たところもありますが、ゴッホはあまりにも繊細に過ぎたのか…ナイーヴに過ぎたのか…。藝術を極めるって、大変なことだよなぁ。。。

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