「最強のふたり」(Intouchables)
世界の分断と、介護問題に関心を強めているので、ちょっと映画の解釈や鑑賞ポイントが偏ってしまうかもしれませんが、、、。
先日、「最強のふたり」というフランス映画を観ました。事故で頚髄損傷し、首から下が麻痺してしまった大富豪のもとに、失業保険を得るためだけに書類にサインしてくれと訪れた黒人男性が、住み込み介護人として働き始め、通常なら関わり合うことはなかったろう二人の間に、信頼と関係性が育まれていく話。「同情でなく信頼と友情」「実用的な仕事の、命への直結性」「触れ合って関わり合う大切さ」ーーーこういうことが感動を呼んでいるんだろうな…と感じました。この物語が成立するのは、介護人となったドリスが、不遇な生い立ちからの不埒を正し、身近な人たちへの思いやりとユーモアを忘れない人柄であったから。それはとりもなおさず、介護されるフィリップが、そうしたドリスの“良さ”を率直に受け止められたからでもありーーー。
邦題に違和感を感じながら、原題を見ると、フランス語の「Intouchables」(Untouchables)というタイトルでした。ネイティヴの人は、この言葉にどういう意味合いを抱くのか…。「無敵の、無比の」というポジティヴな意味合いと、「手の付けられない、汚らわしい」というネガティヴな意味合いが併存している中、ポジティヴに捉えるのが自然なのでしょうが、、、。
世の中を見渡すと、自身も含め、ある程度不自由なく暮らすフツーの人の中には、さまざまな事情で困窮したり貧困にあえぐ人たちに対し、「距離をおきたい」「関わりたくない」「見ていられない」と感じる人が意外に多い気がします。胸が痛むからとか、どう振舞えばいいかわからないからとか、荒んだ気持ちになるからとか、理由は人それぞれでしょうが、このような心理的障壁も、住む場所や活動範囲が分断されていく要因。。。
本作の大富豪と貧しい男性も、通常なら出逢うことすらなかったかもしれません。でも、ひとたび関わり合うキッカケがあれば、人間性の相互感応には何の障害もない…。「人間同士は、アンタッチャブルじゃいけない」…という風にも捉えられるんじゃないかな~…、と思ったのでした。
また、ドリスがギリギリまで拒絶した“下のお世話”については、まさに介護の現場の最前線。この一線は、介護する側もされる側も、精神を麻痺させるか、信頼を伴わないと、超えることはできないところだと思います。全体としてとてもマイルドに表現されていましたが、介護の現場の実情は、もっともっと泥臭くて過酷なもの。そうした状況下で、お互いに信頼と友情を育めたふたりは、“最強”というよりは“マッチした”んじゃなかろうか。。。その意味で、邦題は「バディ」くらいの方がしっくりくるような気もします^^;。とはいえ、素敵な映画であったことは間違いなし♪
「The Upside 最強のふたり」というハリウッド版も観て、原作のメッセージの解釈と表現の違いを比べてみたいです♪
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