『天上の葦』
ーー新聞はどうして死んだのかーー闘えるうちに闘わなかったからーーあの空を忘れないーー
印象的な言葉が連なる、充実の読書でした。(以下、ネタバレ注意)。
『犯罪者』『幻夏』に続く『天上の葦』は、報道や言論の自由に真っ向から挑む、硬派なミステリーでした。
すっかりお馴染みの鑓水・相馬・修司トリオに加え、曳舟島という小さな島の、喜重・松林・勝利というご老体トリオが、(戦時下では海軍報道部の中尉で)元産科医の正光秀雄の遺志を継ぎ、公安の不正を内部告発しようとする山波孝也を守りながら、自由な報道を守るために尽力する物語。
本書を読めば、近頃の金太郎飴のようなニュースと、痒いところにまったく手が届かない報道内容に悶々とさせられる消化不良の日々に、さらなる危機感を煽られるのは間違いありません。スポンサー頼みの営利企業たる報道機関に、果たして客観的な報道ができるのか、真実を報道することが許されるのか、は甚だ疑問で、多くの記者も人間である以上、ジャーナリストである以前に、生活者であり家庭人であることが、致命的な弱点になってしまうという哀しさ。社会のしがらみの中で、完全なるインディペンデントを貫くのは至難の業。。。
下巻の紙幅の多くを割いて描かれる、満州事変や太平洋戦争から終戦までの言論弾圧の強化には、本当に背筋が凍りました。21世紀の現在ですら、“忖度”や“わきまえ”が無言の圧力のもとで求められる中、同調圧力の高い日本の情況は、戦中からあまり成熟できていないのかもしれない。。。(NHKの国谷さんや有馬さんといった、私の好きなキャスターがいつの間にか降板させられたり、NHKスペシャルが急遽差し替えられたりすることの舞台裏を、ついつい想像してしまいます)。「国益 ナショナル・インタレスト」のような広い視点からの報道番組、実現するなら是非観てみたいです。が、今や、国益だけ考えていたのでは覚束ない世界であることも確か。どんな理想の世界を目指して報道するのかが問われる時代かもしれません。
今回心打たれたのは、辛い生い立ちを背負いつつ飄々とした鑓水の過去と、ただただ知りたいことをとことん取材する橋本譲というフリーライターの陽性でタフな好奇心。“自分の目と耳と身体で仕入れた世の中の現実を、自分なりに解釈しつつ、できるだけ多面的に世間に伝える”という姿勢が、とても好ましく映りました。
渋谷のスクランブル交差点周辺の景色は、戦前~戦後・昭和~令和と、ずいぶん変わっているのが実感されつつ、現代の子どもたちは、果たして無邪気に笑ってはしゃいでいるだろうか…、我々大人は、子どもたちの未来に責任ある態度で取り組んでいるだろうか…、と、内省させられる読後感でした。かつての優勢保護法にも唖然としましたが、本書に出て来た防空法にも呆気に取られました。正規の手続きで成立した法律にも、常に注意を払わないと…と思わされます。
陰ながら、YSSトリオの三部作が3本の映画になる日を夢見つつ、続編を待ち望ませていただきます!
(続編は、電力/通信や上下水道の民営化の是非とか、生命倫理的な問題あたり、いかがでしょう?!)
後日、リモート読書会状態でいろいろな本を一緒に楽しんでいる友人と、本三部作のYSSトリオの配役候補についてアレコレおしゃべり(^^♪。私の勝手な希望としては、鑓水は井浦新さんとか松山ケンイチさんとか向井理さん、相馬は西島英俊さんとか山田裕貴さんとか賀来賢人さん、修司は平野紫耀さんとか菅田将暉さんとか高杉真宙さん、ということで、イロイロと妄想が膨らみます(笑)。
それにつけても、為政者や陰のフィクサーが、自分たちに都合のいいように組織を構成したり人事を操ったりするのは、戦後の今ですらあまり変わっていない気がして、友人と背筋をゾワゾワさせたのでした。。。
【忘れられる権利】 この物語では、戦中、言論弾圧/操作していた側の人たちが、自身の行為を悔い、そうした過去を隠しながら、世のため人のための余生を送っていました。ネット社会の現代、罪を犯して名前が晒されたら、それを隠して生きるのは相当大変なことと思われます(“やり直し”(Ctrl+Z)が難しい社会)。一方、この物語には、公安が、自分達に都合の悪い情報を手当たり次第にネットから消していく様が描写されています。ネットを遮断してしまうような国もあるのだから、フィクションとして片づけられるものでもなさそうです。情報の取り扱いは、まだまだ未開の段階にあると言わざるをえませんね。
【さてお次は…?】 読みたいものが溜まりすぎてさぁ大変!
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