『銀河の片隅で科学夜話』
第3回八重洲本大賞と、第40回寺田寅彦記念賞を受賞した、全卓樹さんの表題の本を読了。
ハリル・ジブランという詩人の美しい言葉をエピグラフに添えて始まる全22話のエッセイは、科学的知見を背景にしながら、どこまでも詩的で滋味に富んだ、精巧で底知れない自然を讃える唄のような印象でした。
5つの編に再編成された22の佳品の概要は以下のとおり。
【天空編】
1. 永遠は意識あらばこそ
2. オールトの雲からの流星は辺境の使者
3. 宇宙に中心はなく、天の川銀河の中心にあるのは巨大な重力エネルギー変換機ブラックホール
4. 地球と月の重力均衡点“第1ラグランジュ・ポイント”はコモンズたりうるか
【原子編】
5. 真空に浮かぶ地球と原子核の時代
6. ウラニウムの放射線を見出したベクレルは、人類で初めて可視光外を視た
7. H.G.ウェルズの“世界政府”は、予見か夢想か
8. 無限の迷路のごとき量子力学におけるエヴェレットの多世界解釈
【数理社会編】
9. 複雑な確率世界での稀有な事象の検知には、それに見合う精度が必要
10.Googleのペイジランクと世評点の重み付け
11.付和雷同の群集心理がメガヒット作をランダムに生み出す
12.「三人寄れば文殊の知恵」は確率的にもたいがい正しい
13.ガラム世論力学では、17%の固定票があれば無敵
【倫理編】
14.ブレイン・デコーディングで脳to脳にイメージを直接伝搬する、身体性の拘束を脱した脳とは何か
15.異言語による認知差異の把握は、世界を豊穣なものにする
16.日本の自動運転AIは若者と女性に冷たいか(トロッコ問題とデータサイエンスの未来)
17.イスラームの精鋭戦士マルムークは、世襲が禁じられたことで異文化平衡に寄与した
【生命編】
18.遺伝子機構解明のノーベル賞学者ポールの、解き明かされぬ父の肖像
19.化学的民主主義でヒトに伍すアリたちの、超個体が示す心の美徳の不思議
20.反乱を起こし同族遺伝子の維持に貢献する奴隷アリに、心はあるか
21.文明を発展させた知的生命体が、エネルギーを使い尽くす空間的範囲は何処まで広がるか
22.地球が廻り続けるためには、人間の気高い行ないの奉納が絶えず必要
私が内容的に惹かれたのは、10、13、16の3つ。世論構成やAI活用といった、現代的な課題や倫理に直結する内容だったからかもしれません。
また、ジェンダーイコーリティが議論されている目下のタイミングで、16のデータ解析における「西洋クラスター」「東洋クラスター」「南洋クラスター」の“お国柄”の話を、とても面白いと感じました。価値観は人それぞれとはいえ、「南洋クラスター」の特徴は、社会的地位の高い命の尊重と、若者・女性の命の尊重、「西洋クラスター」の特徴は、事態への介入を避け、なりゆきを尊重する傾向、「東洋クラスター」の特徴は、救える人命の数を重視し、合法的な行動をとる人を優先的に救おうとする傾向があるとのこと。こうした価値観の多様性を、AIはどのように収れんさせていくのかは、とりもなおさず、世界中の価値観を集約させていくことにもなるんですね~。
とかく、科学的エビデンスが求められる昨今ですが、その根拠となるデータも、それを活用した結果の表現も、どこか危うい印象を受ける中、分かりやすいのに美しく、美しいのに透徹した、こんな科学のアウトリーチには、「待ってました!」と喝采を贈りたい気持ちでいっぱいです。
【火星探査】 天空編に絡み、パーシビアランスが火星着陸! Perseverance(不屈)の名前通りのがんばりですね!
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 日本野鳥の会 創立90周年記念誌(2024.07.17)
- 「時間」と「SF」(2024.06.25)
- 『森と氷河と鯨』(2024.04.12)
- 家庭画報3月号(2024.02.28)
- 『還暦不行届』(2024.01.18)
コメント