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2021年6月 5日 (土)

『おだまり、ローズ』

20210529  原題は『The Lady's Maid --My Life in Service』なのですが、メイドに有無を言わせまいと会話を断ち切る貴婦人レディ・アスターの“Shut up, Rose!”という常套句の面白さを、そのまま和訳タイトルに据えてしまった本書。旅行好きなヨークシャーっ子のロジーナ・ハリソンが、イギリス初の女性国会議員の子爵婦人のメイドとして仕えることになり、長い年月を共に過ごした記録が、率直で飾り気なく、ありのままの素朴さで表現された、類を見ない具体性に溢れた楽しい本でした。訳文がまた素晴らしく、使用人目線で見た貴族の暮らしが、時代感もそのままに、ふたりの丁々発止のやりとりを通して浮き彫りにされ、身分の違いはあれど、心を通わせて人生を送ることの豊穣を感じさせてもらいました。(日常生活の些細なトラブルやゴシップ満載の面白さも華を添えています^^。アスター子爵夫妻は家族旅行の際、子どもの健康のために、よいミルクを出す乳牛と牧夫を一緒に連れていったという話にはビックリ!)
 そして、読みながらたびたび、本書はきっと、ドラマ「ダウントン・アビー」の脚本の参考にされているに違いない!と思いました。
 原書の初版は1975年で、『Rose: My Life in Service』というタイトルでイギリスで出版されています。その後2010年からドラマ「Downton Abbey」の放送が始まり、2011年に別の出版社からタイトルを代えてリバイバル出版され、この翻訳書が出版されたのが2014年。。。この時系列を見ても、自らも男爵の爵位を持つジュリアン・フェロウズが、「ゴスフォード・パーク」(2001年)や「ダウントン・アビー」(2010年)の脚本執筆の際に本原書に触れ、プロットの一部に取り込んでいる!と、勝手に確信しています^^;。
 著者のミス・ハリソンは、労働者階級の出ながら、几帳面で仕事熱心で公平な性格の持ち主。率直な利発さで自らの仕事を獲得し、次第に周囲からの信頼を高めながら、ハイクラスの王侯貴族たちの社交の場を垣間見られる立場にまで深く関わっていくーーージョージ・バーナード・ショーとか、ウィンストン・チャーチルとか、スターリンなんて名前が奥様の社交生活の記録に普通に登場するところからして、ただものではない!
 本書執筆の陰の動機として、プロフューモ事件があったことも想像に難くありませんが、それを差し引いても、20世紀初頭のひとりのメイドのドキュメンタリーとして、大変面白く貴重な実録だと思えます。
 「ダウントン・アビー」や「ブリジャートン」と同様、本書も、次第に階級社会が是正されていく過渡期の物語であり、“労働”について考えさせられるところも似ています。型破りなレディー・アスターのお屋敷での使用人たちの働きぶりと、この時代のイギリス王宮の使用人たちの働きぶりを比較して評した執事の言葉が印象的でした。
ーーー王家の宮殿に仕える使用人の仕事は、規模が大きすぎるせいで顔の見えないものになりがちだ。いわば工場で働いているようなもので、各自が細分化された仕事を割り当てられ、担当外の仕事をすることはめったにない。つまり生活の幅が狭いんだ。一度、宮殿から転職してきた下男がいたが、すぐに辞めてもらったよ。決まりきった職務だけをこなすのに慣れすぎていて、担当外と見なす仕事をするのをいやがったのでね。自発的に何かをすることは決してなく、自分の仕事がなんのためにあるかにも、ろくに関心を持っていなかったーーー(p.344)
 …なんだか、現代人の多くも、この王宮宮殿の使用人のような働き方をさせられている気がしないでもなく、分業化・専門化も良し悪しだなぁ…と感じたのでした^^;。いつの時代も、せっかくの人生、本書のローズのように彩豊かに送りたいものだと思います。

20210529_3 【ケインズ】 次の読書は『超訳 ケインズ「一般理論」』の予定。同じく20世紀初頭に生きた経済学者ケインズは、当時の社会をどんな目で切り取って省察していたのでしょう?!

 

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