『玻璃の天』
ベッキーさんシリーズ第2作、『玻璃の天』を先週読了。
第1作『街の灯』に続き、「幻の橋」「想夫恋」「玻璃の天」の三作が収録されています。この三つ目の「玻璃の天」で、謎の麗人ベッキーさんの素性がついに明らかになるのです!!
『街の灯』に比べ、徐々に重い空気が立ち込めてくるのは、昭和11年頃を舞台にした第3作『鷺と雪』の、不条理な戦争を目前にした日本の情況を反映しているのでしょう。第2作はずいぶんと、思想的な色合いが濃くなりました。
「幻の橋」に出て来た、“海運橋 第一銀行雪中”という錦絵に魅せられて、つい、かつてあった海運橋の親柱を見に行ってしまいましたが、他にも資生堂パーラーとか千疋屋とか、歌舞伎座とか、銀座服部時計店のシンボルとか、いろいろと昭和初期の魅力的な施設が登場するので、外出自粛のための読書が、外出動機誘発の読書になってしまいそうでした(笑)。
本書で最も印象的だったのは、ベッキーさんが諳んじた『漢書』<刑法志>の一節。
《善く師する者は陳せず、善く陳する者は戦はず、善く戦ふ者は敗れず、善く敗るる者は亡びず》ーーー
うまく軍を動かす者なら、布陣せずにことを解決する。しかし、その才がなく敵と対峙することになっても、うまく陣を敷ければ、それだけでことを解決できる。さらに、その才がなく実戦となっても、うまく戦えば負けない。けれど、その才すらなく敗者となっても、うまく負ければ亡びることはない…なんとなく、ハンガリーの諺「逃げるは恥だが役に立つ」の裏返し版のようで、考えさせられました。裁判制度に向き合う弁護士の心得か?!なんて思いも抱きつつ、ベッキーさんがお父様から受け継いだ思想に思いを馳せたのでした。
この格言に加えて心に残ったのは、“ぎょろり氏”なる建築家が話した、神に関する独り言。
「ーー神っていうのは、限りなく無力で、哀れなんだろうな。だからこそ、その悲しみを知る目で、人を見つめる。ーーそういう目で見つめられるから、人は救いを感じられるんじゃないかな」(p.202)
本書で、別宮先生と乾原先生というかつての学者仲間の、娘と息子が邂逅するのですが、それぞれの哀しい運命を憐れに思いながらも、それを乗り越えたからこその思想の熟成を感じて、精神の鍛練は過酷なものだなぁ…と思ってしまったのでした。。。
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