『旅をする木』
自然写真家の星野道夫さんの表題の書籍を読了。
写真美術館のミュージアム・ショップで購入したこの文庫本には、ダブルカバーが掛かっていました。
「およぐシカ」と題された、ムースやカリブーを思わせる素朴なイラストのカバーも素敵ですが、私は本書を読んでいる間じゅう、星野さんのポートレイトの方を上に掛けて、文章と交互に彼のやさしげな遠い眼差しを眺めていました。
人並外れた行動力のアグレッシヴさとは裏腹に、じっくりと本を読み、その中に深く浸り感動し、その感動を忘れずに自らに活かす感応力。ロマンチストで感受性豊かな星野さんの性格が、如実に感じられる一冊だったと思います。
食うか食われるかだけがすべての、常に死と隣り合わせの厳しい自然と、それだからこその崇高さや美しさに惹かれ続けた星野さん。さらに、氷点下数十度の厳しいアラスカでの暮らしの中だからこその人の温かさや謙虚さを愛していた星野さん。一編一編の、手紙のような日記のような短いエッセイのそれぞれが、日々慌ただしく暮らす現代人の心に、大きな時間の流れと大きな自然とを感じさせるようでした。小さな一個の人間が、悠久の時空を意識して生きることの大切さに、目覚めさせていただいた感じがします。
タイトルになった「旅をする木」というエッセイは、ビル・ブルーイットという生物学者が著した“Animals of the North”という古典の第一章のタイトルでもあります。一羽のイスカがトウヒの木に止まり、この鳥についばまれて落ちた種の物語。
自然の輪廻を静かに感じさせるこのエッセイを読んで以降、私は、星野さんが学生時代に失くしたTさんというご友人(1974/7/28の焼山噴火にて)と、そして星野さんご自身(1996年ヒグマとの事故により急逝)を、なぜか、日々出逢う小鳥たちの中に見るようになりました。学生という多感な時期に、心からの友人を失くした時の喪失感は、その後の星野さんの世界観に、大きな影響を与えたのでしょう。本書の、まっすぐで透明な文章の中に、いつもどこか寂寥感が漂うのは、星野さんがとても遠くを見ているせいかな…と感じました。
万物が、流転しながら長い長い旅をしているなら、“今”この時を全身全霊で感じ取り、出逢うもの触れるものとの一期一会を心から楽しんで進みたいものです。
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