『僕には鳥の言葉がわかる』
先週頭に衝動買いした『僕には鳥の言葉がわかる』、とても楽しく拝読しました。
興味対象に関するテーマについて、仮説を立て、その検証のための実験を試行錯誤する様が、漆喰壁を丁寧に塗り固めていくかのようで、好感が持てました。
大海を知らないカエルのように思いあがった人間を、狭い井戸から救出しようというのが、目下の著者の大きな野望になっているようです。
正直これまで私は、彼のことをあまり知らなかったし、チラリと見聞きした限りでは、「鳥が言葉を使ったりジェスチャーをするのは、生き物として当然では…?」くらいに思っていました(スミマセン!)。
ポスドクの苦労を知る研究者界隈では、東大助教というパーマネントポストを投げ打って、任期付きの京大白眉センターへ異動した著者の研究姿勢について、「研究のために任期なしポストを投げ打つなんて、なかなか出来ることじゃない」と話題になってもいたようです。
今回、著者の「カエル人間救出作戦」の最終兵器である『本作戦』の網についに引っ掛かった私。
常々、文字は人類の最高の発明のうちのひとつだと思っていますが、文字を通して著者の自然で素直でお茶目な考え方に触れることが出来たのでした。
とはいえ、ヒトの「言葉」というのは、とても限定的で表層的なものだとも思っているので、著者のシジュウカラ語の検証は、とても興味深かった!
少なくとも彼の研究で、シジュウカラが二語文を操っているようだということは納得いったのですが、本書だけでは分かりかねたのが「ヒナが、親鳥の鳴き分けで、ヘビが来たのかカラスが来たのかを判別して行動を変えている」という現象。
人間の赤ちゃんでも、乳首をくわえると吸う、とか、掌を触ると握る、とかいった反射的な行動は見掛けますが、さすがに親の声を聴き分けて行動を変えるのは(声の方を見るとかは別として)見たことがありません。言葉は後天的に習得するものだから、真っさらな脳では言葉が理解出来ないのは当たり前と感じます。一方のシジュウカラのヒナは、ふ化後2~3週間で親の鳴き分けに反応出来るってことは、到底言葉を学習しているとは思えず、何か先天的遺伝的な刷り込みが行なわれているのではないか…と思えました。
「鳥展」図録によれば、スズメ目の系統は漸新世の温暖期(2800万年前)頃に発生したのに対し、Wikipediaによれば、我らホモ・サピエンスが音声によるコミュニケーション能力を得たのは更新世(25万年前)頃とのこと。なんだか、生き抜く知恵の蓄積年数のケタが違う。。。^^;;;。どうして、言葉を学ぶ暇もないほどのヒナたちが、親鳥の二語文に反応できるのか、是非とも鈴木先生に質問してみたい!!!
ともあれ、満を持した楽しい本、ありがとうございました♪
今後の鳥見ではもはや、"いつメン"のシジュウカラさんをスルーすることは出来そうにありませ~ん(^0^;;!
【3.11】そして明日は、日本野鳥の会設立記念日とのこと。東日本も思い起こされ、そろそろ本当にヒトの"井の中の蛙"ぶりをきちんと認識すべき時かもしれません。。。














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